当時の筋少は複数のレコード会社からメジャーデビューの話をもらっていたそうで、そのうちの1社、東芝EMIは、担当者がデビューできるのかどうかをなかなか決めてくれず、オーケンが何度聞いても何かが足りないと言い続けていて一向に話が進まなかったので、自分達の方から話を断ったそうで。因みにこの人、後に氣志團のデビューに関わることになったんだとか。TOY‘Sの担当者 稲葉さんはオーケンがライブの感想ほか、何を聞いても「あ、いいんじゃない?」と言う人だったそうで。オーケンが呼び出された喫茶店でもそんな調子ではっきりとしたことを言わなかったため、しびれを切らしたオーケンが結局、デビューの話はどうなったのかと聞いたところ、何月レコーディングで何月発売でいいんじゃない?という返事がきて、あっさりメジャーデビューが決まったんだとか。ゆるいというか何というか…。契約書に三文判で押印した後、オーケンはウッチーに、君はすぐ無くすからとか言われて印鑑を預かってもらったそうです(笑)。